ランドセルの歴史
ランドセルは日本独特の文化で、他国にはほとんど見られません。
近年は、ロシアや韓国などを中心に海外でも広がりを見せていますが、小学生全員がランドセルで通学するという文化は、日本特有といえます。
このランドセルの文化は、いつ頃どのようにしてはじまったのでしょうか?
ここではランドセルの歴史について簡単に解説していきます。
幕末にオランダからやってきたランセル
幕末の時代、オランダから導入された軍用のバックパックがランドセルの原点であると考えられています。
このバックパックはオランダ語でランセル(ransel)と呼ばれており、ここからランドセルと呼ばれるようになったようです。
この時はまだ布製のバックパックでした。
明治時代の学習院で現代の形に
明治10年10月17日に開校した学習院初等科は、明治18年5月より学用品携行のために背嚢を採用しました。
これ以前にも背嚢を背負って通学していた生徒もいたようですが、公式に背嚢を採用したのは学習院が初めてであったとされています。
当初は布製のものでしたが、2年後の明治20年に現在のランドセルの原型になる革製のランドセルが登場しました。
この現在でも主流のいわゆるランドセルの形を、学習院型ランドセルと呼びます。
全国に普及していった昭和30年代
その後、都市部を中心にじわじわと普及していったランドセルですが、地方にも広がり全国的な小学生のマストアイテムになっていったのは、昭和30年代の高度成長期の時代です。
地方も豊かになるに連れ、風呂敷や布のバックなどから、頑丈で背負いやすいランドセルに置き換わっていきました。
小学生は皆、男子は黒、女子は赤のランドセルを背負う光景が当たり前になったのは、今の小学生の祖父母が子供の頃の時代です。
天然皮革から人工皮革へ
牛革など天然皮革が当たり前だったランドセルに、やがてクラリーノなどの人工皮革が使われるようになります。
1967年にクラリーノを使ったランドセルが登場すると、その機能性でじわじわとシェアを伸ばし、今では完全にランドセル素材の主流となりました。
本物の質感を持つ天然皮革も根強い人気がありますが、現在は人工皮革のランドセルが9割以上です。
今世紀に入ってからは、デザインも多様化が進み、女子の赤からピンクが派生した80年代と比べると、実に多種多様なランドセルが登場してきています。
カラーの多様化だけではなく、コンビカラーや型押し、刺繍、飾り鋲など実にバラエティに富んだデザインになってきています。
それでも基本の形は、誰もが知るあの形であり、学習院型ランドセルが現在でもランドセルの基本形になっているのです。
少し違った形状のランドセルも出てきてはいますが、ランドセルの形が多様になって行くにはまだ多くの年月が必要なようです。